◆私の夫は船乗りです


 

ちゃん今日はご機嫌ねぇ」
「うふふ、わかります?」
務めているパーラーの女将さんがにこにこしながら聞いてくれる。
「今日、うちの旦那様が帰ってくるんです!」
「あら、まあ!たしか船乗りだとかで、たまにしか帰ってこないって言ってた・・・」
「そうなんですよォ。今日あたり戻るって連絡があって。だからついつい緩んじゃって。」
すみません、とにやけながら応じると
「もう、今日はいいから、早く帰って旦那を迎える準備でもしておやりよ」
と気を利かせてくれた。
折角の好意を無駄にしてはいけない。お言葉に甘え早々にあがらせて貰おう。そして緩みっぱなしの顔で家路を急ぐのだった。


帰る途中、前から真選組の土方さんがやってくるのが見えた。
土方さんはの勤めるパーラーの常連さんだ。


は土方が自分の作るスイーツを気に入って良く店に来てくれるのだと思っている。実際には違うのだが・・・。だから折角の力作スイーツもマイマヨネースで恐ろしい物に代えてしまうのを残念な人だと思う。それでも常連さん、むげにはできません。


土方は目の前に来るとに話かける。
「どうした?ニヤニヤして変だぞ。これから店に行こうと思ってたんだが・・・」
なんだか残念そうな表情を作ってくれて、そんなにスイーツ楽しみにしてくれてるんだと思うと申し訳ない気持ちにもなるが、今日はそれどころではないのだ。
「今日うちの旦那が帰ってくるんで、ちょうど今、早々にお暇させていただいた所です。せっかく足を運んで頂いたのにすみません。」
すると土方は驚きに開いている瞳孔がさらに極限まで開いたようだ。
「えっなに!?旦那?あんた旦那なんか居たのか?」
「ええ。ご存じなかったですか?」
「いつもそんな素振りもなかったじゃねぇか。だいたい何時も家に一人だって言ってなかったか?」
そりゃそうでしょ。本当に何時もは居ないんだからね。だからこそ貴方には悪いけどこんな所で話なんてしている暇はないのだ。
「本当に何時もは居ないんですよ!?だってうちの旦那船乗りなもんで、なかなか帰ってこないんですよォ。すみまん、急ぎますのでこれで失礼しますね。またお店でお待ちしてますから〜」
折角のこれからの時間の邪魔をしないでと言外に念を送り土方と別れる。
かえす言葉もなく土方は去りゆくを見送る他なかった。



大体、聞かれもしないのに言う必要もないし、旦那の正体は正直教えられない。土方には特に。まったく折角の楽しかった気分が台無しになる。とにかく早く帰らなくてはと家路を急いだ。


暫くすると不意に後ろから声がかかる。
「よォ。ずいぶんと楽しそうにしてンじゃねェか」
それはぞくっとするような艶めいた低い声。先程の土方とのやり取りを何処かから見ていたに違いない。
「ちっとも楽しくなんかありません!」
ふり帰ると笠をかぶって顔はよく見えないものの、その派手な着物はどうなんだろう?笠をかぶる必要かあるのかと思う程目立つ立ち姿があった。
「それはどうだか」
「んもうっ、分かってるくせに、あなたって人は本当に意地悪なんだから」


は内心土方を呪う。
『ほらみろ、もう帰ってきちゃったじゃない!折角お出迎えの準備をしたかったのにー!土方覚えてろよ』
なんて普段の大人しそうな表面からは想像もつかないような事を実はいつも思っていたりする。伊達に船乗りの妻ではないのだ。


そんな内心を知ってか知らずかくくくっと笑ってそっと手を差し伸べてくれる。その手に自分の手をそっと添える。


、いま帰ったぜ」
「おかえりなさい」


それから夫婦仲睦まじく江戸の町を手を繋いで家へと帰る。
まあこんな時間が出来たのも土方につかまっていたからかもしれないと、ちょっと思った。まあ許してやるか、なんて考えていたら
「おい、誰の事を考えてやがる?」
なんてちょっと不穏な空気で。でも怒っているというのでもなくなんか拗ねてる感じ。

そんな旦那にの心は舞い上がる。私って愛されてるなぁって思うから。
くふふと笑う私に、気味がわるいというが、この笑いは止まりそうもなかった。
次に船乗りになるまでの少しの間。その間だけは『旦那さん』でいてくださいね?



私の素敵な旦那様は高杉晋助。
みなさんはテロリストって呼びますが、船乗りですよ?
だって大きな範囲でいえば嘘ではないでしょう?


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2013.11.26 加筆修正