俺はこの腐った世界をこの手で粉々に壊す。 その為にいろいろ画策して世の中を引っ掻き回して、大変に忙しい身の上だ。 だが、そんな俺にも勝手に足が向かっちまう場所がある。 江戸にある俺の家だ。たぶん誰もあそこが俺の家だと知っている奴ァほとんどいないに違いねェ。普段はが一人、留守をあづかってくれている。とは俺の妻の名だ。 といるとこんな俺でさえ、心が落ち着くから不思議だ。 今日も久方ぶりに江戸に戻ってきたところだ。今回は特に連絡もしてねぇから、大そうな驚きだろうぜ。を想うだけでクククと笑いが止まらい。 「よう、。元気にしてたかィ?」 「!!!な、し、し、しんちゃん!!!」 「おいおい、しんちゃんてぇのはいただけねぇなあ。どこぞの銀髪天パのとこの餓鬼みてぇじゃねぇかよっ」 音もなく家に入り込み台所の入口からひょこり顔を覗かせれば、慌てふためいたが俺の事をそう呼んだ。なんかいつもと違うリアクションのにどこか面白くない俺がいる。だいだい今までそんな風に呼ばれた事もありゃしねぇ。 「『しんちゃん』 とはどういう了見だ。ぜひともお聞かせ願いたいね」 ん〜もう!人の事脅かしてぇなんて言って怒っているが、目が泳いでいやがる。 「だ、だって、だって一人で・・・寂しいから、いつも1人で心の中で、ね、そう呼んでるのよ!!」 凄い告白をしたかのように真っ赤になりながら、最後は逆に怒っていて、こちらに向かってこようとしている手足が変な動きになっている。は気づいているのかねぇ。ああ、これはぶつかるなと思ったらやはり。台所のいろいろな物に次から次へとぶつかり放題。 ドッシャーン ガラガラ バターン と派手な音が鳴り響く。 「うわああ、こんなに落しちゃったって、ちょ、食器とかほとんど割れてる!!どうしてくれんの?あんたのせいだかんね!!」 ククククっ、俺が欲しかったのはこれだ。 は自分では気づいてねぇのかもしれないがちょっと、いやかなりそそっかしい女だ。 そうして自分の小さな世界を壊しまくっていやがるのさ。そんなといる時は世界を壊すのを少しだけ忘れられる。かわりにが気持ちいいように壊してくれるんでな。 でもさすがに今日はやりすぎだったかと 「すまねぇな。新しい食器、一緒に買いにいこうか。それで2人でぶらぶら散歩と洒落込むかぃ?」 なかなか2人で連れ立って歩くことは無い。今は昼間だし、一応お尋ね者なんでね。俺はそんな事は構いやしねぇが。たぶんも気にしてないだろうと思っての誘いだ。 「・・・それだけじゃ足りないわ」 「ああ?」 「『しんちゃん』って呼ぶ。これから『しんちゃん』って呼ぶ事にするから!その2つで帳消しにしてあげる」 ニタリと、俺でさえぞっとするような嗤い付。 これだから、は・・・この女にはいつも驚かされる。この俺にそんな風に対してくる奴はそうはいねえ。 とうとう俺、高杉晋助ともあろう男が『しんちゃん』と呼ばれながら江戸の町を歩く羽目になった。誰かに会ったらどうしたものか。でもそんときゃまたがその小さな世界を派手に壊してくれるだろうさ。それはそれで楽しみだ。 |