7日間の契約(1/2)
高杉さんと山崎さん/現代パロ
※現代パロ。高校生な2人。
「見付けた」
学校の屋上。退屈だなと、高杉晋助はフェンスに寄りかかって座っていた。口に銜えた煙草の煙の行き先を追っていると、屋上の出入り口からそんな声が聞こえた。顔を向ければ、男子生徒が1人こちらを見ていた。彼は目が合うと、こちらへとやって来る。
「もー高杉君。授業サボったら駄目だよ」
目の前に立つ彼は困った様に笑う。
誰だ、こいつ?
見覚えの無い顔。自分を君付けで呼ぶ辺り同学年だろう。ということは他のクラスの生徒だろうか。しかし他クラスの生徒が、まだ授業をやっている時間に自分に何か用があるとは思えない。
ジーと見ていれば、目の前の男は首を傾げる。
「どうしたの高杉君? 俺の顔に何か付いてる?」
「つーか、誰だお前?」
彼の言葉を無視して訊けば、彼はガクっと肩を落とす。
「ちょ、ちょっとぉ!? 山崎だよ、同じクラスの山崎退!」
「……そうなのか?」
山崎退。そういえばどこかで聞いたことがあるな、と思う。
「そーだよぉ!? 更に言えば席隣なんだけどぉ!?」
「……覚えてないな」
「酷っ!!」
「で、その山崎が何の用だよ?」
「……銀八が高杉君連れて来いって」
「何であいつお前に言ってんだ?」
「席が隣だからって……」
「……」
たったそれだけの理由でとかこいつも災難だな、と思う。
「しかしよく分かったな。俺がここにいるって」
「うん? ああ、最初は高杉君達がいつも集まってる空き教室に行ったんだけど、いなかったからこっちかなーって思っ
て」
「……何で屋上って思ったんだ?」
「前に高杉君がここにいるの見たことがあるから」
「……見たことって、どっからだ? ここでお前のこと見たことないと思うんだが?」
「向かいの棟の3階の教室。そこ風紀委員が使ってる教室なんだけど……あ、忘れてるだろうけど、俺風紀委員だからさ。で、その窓から見えるんだよねここ。その時に高杉君の姿も見たんだ」
「見えるって……こことあの棟ってかなり離れてんだろ? よく見えるな」
「俺、結構目良いんだよね」
ニコニコと笑う彼。
ふーん、と適当に返す。
「はー、それにしても疲れたなー」
そう言って山崎は隣に座り込む。
「……オイ、何暢気に座ってんだよ。お前俺を探しに来たんだろ? 教室に連れて行かなくていいのかよ」
「うーん、そうなんだけど。授業もあと少しで終わるし、今更かなーって」
「あ?」
腕時計を見れば確かにあと10分でチャイムが鳴る時刻だった。
「てか、あの天パこんなギリギリに俺のこと探させるってどういうことだよ?」
授業受けさせる気あんのかよ、と言えば山崎がクスクスと笑う。
何だよ、と訊けば、何でも、と答えてくる。
「あ、でも違うよ? 銀八は授業が始まってから俺に言ったんだよ」
「は? でもお前が探したのって空き教室とここだけで、教室から直ぐここに来たんだろ? 何で40分もかかってんだよ?」
「あー。いや、それがね……」
彼はそう言うと、ハアー、と溜息を付く。しかもかなり深く、長かった。
「? 何だよ?」
「……空き教室に行った時にさ、運悪く河上と会ってさ」
「万斉に?」
「『あぁ、山崎殿! こんな時間にこんな所で会えるなんて! やはり拙者と主は運命で結ばれていたんだな!』とか訳の分からないこと言い始めてさ。用があるからってその場を離れたんだけど、何故かあいつ追いかけて来て。必死に逃げて、やっと撒けたのがついさっきなんだ」
「……」
「それもあって個人的にはまだ校舎内に戻りたくないんだよね」
「……そうか」
その話を聞いて高杉は思い出す。顔を覚えてない山崎の名前に何故聞き覚えがあったのか。
万斉が話す会話の中に彼の名前が出ていたからだ。口を開けば直ぐに「山崎」の話。今日はどうだったとか、明日はもっとどうだとか、そんな話を楽しく語っていた。まったく興味が無かったから、話の内容は覚えていないのだが。
「お前か。万斉のお気に入りの山崎は」
「はあ?! あいつそんな風に俺のこと言ってんの!?」
「ああ。『最近可愛い、いや可愛いだけでは表現出来ない程の可愛い生き物に出会ってしまったでござる。名は山崎退殿と言うんだが』とすげぇ、うぜぇくらい言ってたから、相当気に入られてるぞお前」
「あ、あんな変態ストーカーに気に入られてるとか……」
最悪だ、と彼は肩を落とす。青白い顔。まるで今直ぐ世界が滅亡しそうな、そんな顔をしていた。
「……お前そんなにあいつにしつこくされてんのか?」
「……しつこいなんてレベルじゃないよ」
ハアー、とまた深い溜息。
「朝来れば下駄箱の前で待ち伏せ。休み時間になった瞬間いつの間にか傍にいるし、昼休みも同様。放課後は朝みたいに下駄箱の前で待ち伏せ。どこで知ったのか、メールは1日20通は必ず来る」
「……」
「必死に逃げても、普通に付いて来るし……もう、マジで疲れた」
「それは……災難だな」
「でしょ? そう思ってくれるなら高杉君から河上に言ってくれない? 友達なんだろ?」
「……そうは言ってもな、あいつは俺の指図受けねぇと思うぜ? 決めたことは簡単には諦めないからな」
それと、と高杉は口に銜えていた煙草を取り、空に向かってフーと煙を吐く。
「俺と万斉は『友達』なんて関係じゃねぇ」
「え? でもいつも一緒にいるよね?」
キョトン、とした顔で彼は首を傾げる。
高杉は「違う違う」と首を振って、また煙草を銜える。
「万斉が勝手に俺の傍にいるだけだ。あいつだけじゃねぇ。他の連中もそうだ。勝手に俺の周りに集まってるだけだ」
昔からそうだった。何故か自分の周りには人が集まる。敵とか言う奴等、味方だと言う奴等が勝手に自分の周りをウロチョロしていた。邪魔で昔は誰だろうと関係なしに追っ払っていたが、最近は面倒で放っている。
だから周りにいるのは、勝手に一緒に居る奴等。自分が望んだ訳でもないのに、傍に居る奴等。
「『友達』なんてもんじゃねぇんだよ。ただ『そこに居る奴等』。俺に『友達』なんてもんはいねぇし、いたこともねぇ」
「……1人も?」
「ああ」
この先も恐らく、出来ることは無いだろう。
別に欲しいなんて思ったこともないし、どうでもいい、と彼は思う。
胸ポケットから携帯灰皿を取り出す。口に銜えていた煙草を消し、灰皿の中に入れる。
チラッと山崎を見れば、何か無言で考えていた
「まあ、だから俺には万斉を止められねぇ。自分で何とかしろ」
今度はズボンのポケットに手を入れる。煙草とライターを取り出す。煙草を口に銜え、ライターを点けようとしたところで。
「――駄目だよ、高杉君」
彼の手が伸びて来て、口から煙草を取り去る。急なことに高杉は驚いたが、直ぐに睨む。
「オイ、何のつもりだ?」
「何って、未成年が煙草なんて駄目だよ。あとここ学校」
ニコッと笑うと彼は煙草を片手で折り、自分のポケットから取り出した携帯灰皿に仕舞う。
「って、オイ? お前も人のこと言えねぇだろ?
「俺は吸ってないよ? これは校内で吸殻を拾った時用なの。ちゃーんと先生の許可は取ってるよ」
そんなことよりさ、と彼は胸ポケットに灰皿を戻しながら言う。
「駄目だよ、高杉君」
「説教ならさっき聞いたぞ」
「煙草のことじゃないよ」
そうじゃなくてさ、と彼は続ける。
「『独り』は駄目だよ」
「は?」
「人はさ、1人でも生きていけるけどさ『独り』では生きていけないんだよ」
「お前何言って」
「それに、高杉君さ勿体無いよ、友達いないなんて。人生の半分は無駄にしてるよ」
「は?」
「友達と居ると結構人生変わるもんだよ? 自分だけじゃ知り得ないこととか知れたり、視野が広がったりして、楽しい
し、面白いんだよ」
「……だから?」
「だからさ――」
彼は、身体を動かし、向かい合う形で座り直す。
「俺と友達になってみない?」
「………………は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。目をぱちくりさせながら、ゆっくりと彼の言葉を脳内で反芻する。
言葉は分かる。ただ、意味が分からない。
友達? 何故?
「……何で俺がお前と友達にならないといけないんだ?」
つーか、何でそんな話になってんだ?
「え? だから人生の半分無駄にしてるし、人生変わるし」
「俺は無駄だと思わねぇし、人生変えたいとは思わねぇんだよ……って、そうじゃなくてだな、んなことして俺に何の得が」
「友達が出来る!」
「だから! そうじゃなくてだな!」
「良いもんだよ。友達って」
不意に、彼の空気が変わる。目を細めて、どこか遠くを見るような目で笑いかけてくる。静かに、ただ微笑む。
「おかげで、俺も大分変われたしね」
「……山崎?」
そこに居るのに、居ないような感じ。
目の前の彼が消えてしまう様な感覚に陥って、つい名前を呼ぶ。
否、『呼び止める』。『繋ぎ留める』。この場に。自分の目の前に。
途端、ニコッと満面の笑みになる山崎。
「高杉君は要らないって思ってるかもだけど、やっぱり1人ぐらい居た方が良いと思うんだ。『高杉君』の一生は一度だけなんだからさ」
「……」
「とりあえず、お試しでさ、1週間、友達やってみない? 1週間経っても要らないって思えば、直ぐに友達解消するしさ」
ね? とニコニコ笑ってそんなことを言い放つ。
なんなんだこいつは、と高杉。
今日まで話したことない奴にこんな話するか。
だいたい、そんなことしてこいつに何の得が……。
ジッと目の前の彼を見る。
笑うだけで何を考えているのか分からない。
大抵の奴は表面を見れば、その中身も分かる。何を考えているのか、何を企んでいるのか。全部読める。
なのにこいつは読めない。まるで万斉の様に。
「お前さ変な奴って言われねぇ?」
「言われないよ!? え、何? 高杉君から見た俺って変なの?」
「……自覚ない奴って本当恐ろしいな」
「ちょっと酷くない!?」
「万斉並に変だお前」
「めっちゃくちゃ酷くない!?」
あんな変態と一緒にしないで!と彼は叫ぶ。本当に嫌そうに。
……読み易い時もあるんだな。
ますます万斉に似てるな、と思う。
読めない時と読み易い時のギャップ。
だからこそあんなにも山崎のこと気に入ってるのだろうか。
似ているから、あんなにも。
とは言え、話を聞いてる限りやり過ぎだとは思うが。
山崎はしょぼくれながら、地面に指を付けて動かしている。「の」の字でも書いてるのかと思い、動きを読んだら何故か「あんぱん」と書いていた。
何で……?
ますます、変な奴だと思う。
万斉以上に、変な奴。
そう思った瞬間、口からフっと笑いが零れる。
……? 今、俺……?
それに自分で驚いていたら、山崎も驚いた顔でこちらを見る。
「笑う程!? 笑う程に俺って変人!? 河上並に!??」
「え? あ、いや、違う……ことも、ない、のか?」
「どっちなのぉぉ!?」
彼の反応に笑いが込み上げてくる。
本当、何なんだろうなこいつ。
口元に手を当てながら笑いを耐えようとする。
しかし「うわああ、最悪だー!」とか頭を抱える彼を見ていたら、我慢できない。
「っふ……くく……本当、お前変だわ」
「……また言われた」
ガックリ肩を落とす彼。暗い顔でまた地面に指を這わし始める。
見てて飽きない奴だな。
コロコロ変わる表情。
本当に変で、でも面白い。
「最高だわ、お前」
「へ?」
こっちを見る顔。呆けた様な顔をしていて、なんとなくその額に手を伸ばして、そのまま指で弾いてやる。
「痛っ!? へ、何で??」
彼は額に手を当てながら、目を白黒させてこちらを見る。
それを横目に、立ち上がる。
「あ、あの……高杉君?」
「――1週間」
「え?」
「本当に1週間だけなら、いいぜ?」
彼は数度瞬きをすると、パアと表情を明るくする。
「本当?」
「ああ。仕方ないから付き合ってやるよ」
どうせ退屈していたんだし、1週間くらい別にいいか。
そう自己完結する。
山崎は満面の笑みで、ゆっくり立ち上がる。
「じゃあ、今日からよろしく高杉君」
右手を差し出して、彼は言う。
高杉はそれを見て、フッと笑う。
自分に向けられるその手を握る。
「……ああ」
7日なんて、あっという間。
直ぐに終わる茶番劇。
終われば何事もなく消える。何の感動もなく、何も残ることなく、終わる。
「よろしく、な」