秋風と一緒に 



「あー、要っちと悠たん、いた!」
俺と要が廊下を歩いていると背後から声を掛けられ、振り返るとそこには千鶴がいた。
「何だ、子猿か…」
相変わらず要の千鶴への扱いは酷いもんだが、千鶴も慣れた様子でたいして怒る様子もない。
「俺、悠たん探してたんだ」
「探してたって、何?」
千鶴が俺を探しているなんて、あんまりいい予感はしないが、一応聞いてみた。
「それは後で話すから…」
チラリと要を横目で見てから、千鶴は言った。
後で…という事は、要の前では話たくないという事か。
「要っち、ちょっと悠たんを借りるよ」
「悠太を借りるなら、俺じゃなくて祐希に言えよ」
「まぁ、そうなんだけど…。要っちがゆっきーを見かけたら言っておいてよ」
そう言って千鶴は俺の袖口を引っ張ると、階段を上り俺を屋上へと連れ出した。
薄暗い校舎と違って太陽の光を直接浴びるのはやっぱり気持ちがいい。
「千鶴、こんな所にまで俺を連れ出してきて話って何?」
俺は千鶴の話をさっさと済ませてクラスに戻り、さっき配られた宿題のプリントの続きをやりたいと思っていたら、ガバっと千鶴が抱き付いていた。
正確に言うと俺と千鶴の身長差では、千鶴が俺のウエストに手をまわしているだけなのだが。
「えっ、千鶴、なに?」
千鶴の行動がよく分からず、俺は目をパチパチを瞬かせた。
「悠たん、どうしよう。メリーを怒らせちまった」
なんだ、そんな事か…と思いつつ、この2人の関係は相変わらず進歩しないなぁ…と、溜め息をひとつ零した。
「えーっと、事情はよく分からないけど、千鶴は茉咲を怒らせたという自覚はあるんだ」
千鶴は眉間にしわを寄せて渋い顔をして、ぐ…っと返事に詰まっている。
「だってよぉ。メリーにいろいろ話しかけたら、うるさい!って言われた」
メリーを怒らすつもりはなかったんだけど…と、小さな声で言い訳がましく千鶴の言葉は続いた。
俺は経験がないから他人の恋バナなんて興味はないが、千鶴が困っていてこうして助けを求めて来たのなら、何とかしてやらない事もない。
「千鶴、茉咲が本気で怒っているのかどうかの区別くらいは付くよね?」
「俺、それくらいは区別つく」
「多分、茉咲は本気で怒っていないよ」
「やっぱり、悠たん!」
助け舟を出した途端、さっきまでの沈んだ顔じゃなく、いつもの元気な千鶴に戻った。
「茉咲は周りの人との距離を測るのが苦手で、少し乱暴な言葉を使う時があるからね。千鶴は気にしなくてもいいよ」
きっと千鶴は茉咲とお喋りを楽しみたかっただけなのに、茉咲には質問責めのようになってしまい、思わず『うるさい!』って言ってしまったのだろう。


さて、どうしようか…と思っていると、ある事を思い出してそれを使う事にした。
「千鶴、俺への相談料って事で、ひとつ頼み事を聞いてくれる?」
「悠たんの頼み事なら、何でも聞いちゃう!」
千鶴が満面の笑みを浮かべながらそう言ったものだから、尻尾を振り振りしながらご主人様の命令を待っている犬のように見えてきた。
「じゃあさ、放課後にでもこれを茉咲に届けてくれる?」
制服のブレザーの裏ポケットに手を入れて、茶色の封筒を取り出して千鶴に差し出した。
「何、これ?」
やっぱり、そう聞かれるか…と思いつつ、正直に話す事にした。
「茉咲に頼まれていたものなんだけど、この前の体育祭の春の写真」
「メリーが悠たんに頼み事?」
「んー、廊下に写真が貼り出されていた時に、茉咲と偶然に出会ってね。茉咲が春の写真が欲しいって言ったんだけど、同じ学年でないと写真を注文できないから、俺が茉咲に写真代をおごってあげたんだ」
「そっかぁ…」
そう返事をする千鶴の声のトーンが低くなる。
俺も千鶴も茉咲が春のことを好きなのは知っているから、茉咲が春の写真を欲しがった気持ちはよく分かる。
だけど自分の好きな子が、自分以外の別の子を好きだという片思いの連鎖を目の当たりにするのは、やっぱりへこむ事なんだろう。千鶴を見れば、またもや沈んだ顔をしている。
「千鶴、写真くらいでそんな顔をしないの」
「うん…。これ、悠たんが届けに行かないの?」
「俺は祐希とちょっと用事があるからね。これを持って茉咲との仲直りのきっかけにすればいいよ」
「悠たん、すっげー大人じゃん!」
「あのねぇ、俺は千鶴と同じ年齢しか生きていないよ」
またか…と思う言葉は飲み込んで、曖昧に笑った。
人より大人びているとは、よく言われる。
俺としては無理に背伸びをして大人になろうとしている訳ではなく、少し人付き合いの苦手な弟や個性豊かな友達に囲まれていると、何となく俺の役割が分かるだけなのに…。
「あれ?これ、封筒に封がしてないけど、中見てもいいの?」
千鶴は封筒のふたの部分を開けたり閉じたりしながら聞いてきた。
「千鶴の好きにすればいいよ。それは廊下に写真が貼り出されてあったものだから、誰だって見ることのできたものだしね。ただ、たくさんの写真の中から茉咲が選んだのはその写真だっていう事」
「ふーん…」
中の写真が気になるのだろう。千鶴の視線は封筒に釘付けになっている。
「俺、先にクラスに戻っているからね」
「あっ、うん…」
俺を見ずに生返事をした千鶴と別れて、屋上を後にして歩き出した。
千鶴が茉咲に封筒を渡す前に、先に写真を見てようが見てまいが、俺には関係ない。
言葉通りに千鶴の好きにすればいい。
友達付き合いって、正直めんどくさいかも…と思う気持ちは、サラリと髪を揺らした秋風と一緒に流した。