ハッピーハロウィン 2


お日様もさんさんと降り注ぐ日中の事、万斉が恋人をハロウィンパーティーに誘うべく屯所の屋根に降り立った。恋人の行動は例え本人が教えてくれなくても、おおよそ把握済みな万斉である。
彼がようやく今朝方潜入捜査を終了し、副長に報告を済ませ今頃やっと眠りについている頃合いだと見越してこの時間にやって来ていた。

目的の部屋は既に把握済み。屋敷内にひらりと舞い降り、目的の部屋にすっと身を滑り込ませた。部屋には予想どおりに布団にくるまる想い人の姿があった。

彼の人の名を「山崎退」という。泣く子も黙る真選組の監察だ。

万斉はちょっと寝顔を見てみたい衝動にかられた。布団に隠れてしまっていた顔をそおっと布団をどかして真上から見つめる。そして息を飲む。
『これほどまでに可愛い男がいるだろうか。なんと愛らしい寝顔、ずっと堪能していたでござる』
人は彼を地味な人間だと称する。だがしかし好き好きフィルターが何重にもかかった河上の目には彼から極上の輝きすら発せられているようにさえ見えた。そして己が欲望どおり、時を忘れ寝顔を堪能することに没頭するのであった。

本日、山崎は大変疲れていた。長期に渡る潜入捜査から本日ようやく解放され、副長にも報告を済ませ、心置きなくぐっすりと眠るつもりだった。
布団に入ると直ぐに眠りに落ちて行ったのだが、その眠りを妨げようとするものがある。
なにかとても寝苦しい。というか苦しい。動けない。それに重い。
これはもしや金縛りというやか?
『こういう時はどうすればいいんだっけ。呪文?お経?』
と半分は寝ながら考えるが、もともと信心深くない山崎はどちらも思い浮かぶ事はなかった。眉間にだんだん皺がより、「う〜ん」と唸るも身動きが取れず、漸く頭も覚醒してきて違和感に気づいた。

『はあ、はあ、』と変な息遣いが聞こえる。

「!!!」
ばちっと目を開けると、自分に覆いかぶさっているグラサン、ヘットホンヤローと目が合った。しかも自分を見下ろし「はあはあ」いっている。
「ぎぃ」
ゃゃやややーと続けて叫ぼうとした所、河上の大きな手によって口をふさがれてしまい、はけ口のなくなった叫びは思考を混乱させる作用を働かせるようだった。心臓は早鐘を打ちならすかのようで胸の痛みさえ覚え、なんだかわからない汗がいっぱい出てくる。この状況をどうすればいいのだろうかという焦りばかりが山崎の中に生まれる。

「退殿、落ち着かれよ」
『これが、おちついていられるかーっ』目だけで訴える。
「とにかく、落ち着いてくれ。拙者何も致さぬ故」
『はあはあしてたじゃねぇーかコノヤロー』
涙目になりながら河上を睨みつけると、ちょっと目をそらしながら「ぬしがあまりにも可愛い故」とかブツブツ言っている。超怖いんですけど。それにいい加減手を放してほしい。河上もちょっと息が苦しくなってきたのを察したのか「大声は無しでござるよ?ならば手を離すが、わかったでござるか?」と聞いてくるので、コクコクと頷くと漸く手を退かして貰うことができた。

新しい空気を吸い込むと幾分か落ち着くことができた。
「もォー驚かせないでよ。心臓止まるかと思った」
「驚かせてしまった事は素直にあやまろう。すまなかったでござる」
「所で。ここで何してんの?てか、俺の上から退いてくんない?」
「退いたら、逃げるでござろう?」
確かに逃げる気マンマンだけど。
「なので、しばらくこのまま拙者の話を聞くでござる。」
なんという自分勝手な男なのか。

もともとこの男はそういう男だった。自分の刀で俺の事を突き刺しておきながら、俺の歌が気に入ったからと言って止めを殺すのを止め、かろうじて生き延びてから後は事もあろうに口説き倒されている。自分たちの関係は一体何だろうと山崎はよく思う。敵同志であるはずなんだが、このごろ良くわからない。

ま、そんな関係性の良くわからない男の話を纏めると鬼兵隊のパーティーに参加しろと、そんな所らしい。尚も河上は話を続ける。

「と言う訳で、めちゃくちゃ可愛い恰好の恋人を皆楽しみにしているでござる。ささ、ここに衣装を何着か用意したのでござるが退殿はどの衣装が良いでござるか?」
とても嬉しそうに聞いてくる。やっと俺の上から退いてくれたと思ったのは用意した衣装を見せるためだったらしい。
言っておくが、ここはここは真選組屯所の山崎の自室である。
「ちょっとまとうか。まず意味わかんない。なんで俺行く事前提になってんの?」
「当然では?」と小首を傾げる河上。
「俺、いつからお前の恋人になったんだ?」
「っていううか、テロリストのくせに屯所に忍び込むなっ!!」
「ここに忍び込むことぐらい造作もない事でござるよ。服だって黒いし、隊服っぽいでござろう?気配をけして堂々としていれば案外バレないものでござる」
いや、絶対隊服っぽくないし!根本的に何かが違う気がする。聞く耳を持たない人間に返す言葉も見当たらない。
「でも、拙者もう晋助達には連れて来ると約束したでござる。一度した約束を違えると晋助超コワイでござるからなぁ。ぬしが来なければどんな事になるやら・・・まあ、拙者はここがどうなろうと一向に構わぬし。あ、その時はもちろん退殿は攫っていくから安心めされよ」
「え、脅し!?」
「さて。」
笑顔がコワイです河上さん。
「で、どの衣装がいいでござるか?」
・・・
「で、なんで全部女装?」
「魔女の衣装なだけでござる。」
「なんかどれも際どいのばっかりなんだけど。こんなの着れません。俺男だよ!?」
「もう、退殿の衣装は魔女と決まっているでござるもん」
「もんとか言うなキモイっ。だいだいなんで決まってんだよ、何が悲しくて仕事でもないのに女装しなくちゃならんのだ!」
「ほう、仕事がらみなら喜んで女装するのでござるか?」
「いや、そう言う訳じゃ」
「ならば、半分仕事と思えばいいでござるよ」
「?」
「普段なら絶対入ることのできない鬼兵隊の戦艦に潜入できるんでござるよ」
「え、パーティーって戦艦でやるの?」
「そうでござる。なかなか入れないでござるよー。そこにご招待進ぜようというのだ。凄いでござろう?いかが?」
「うーん、なら、いい、かな?」
「何があってもぬしは拙者が守るから、安心して来られればよいよ」
「うん。わかった」
河上は己が策が考を弄したとにんまりする。
「あ、でも衣装は自分で用意させて」
「だからっ」抗議の声を上げる河上を制し「ちゃんと魔女の衣装を用意するから」と言って納得させる。河上に任せたらいったいどんな恰好をさせられるのか恐ろしくてたまらない。
「てか、もう行くのは了承するから絶対に屯所に何かするなよ!わかったらとっとと帰って下さい。」
「折角、久々の逢瀬なのにつれないでござるな」
「逢瀬なんかじゃないって!お前が勝手に来てるだけだろうがっ」
「はぁ。ほんとに退殿は仕方のない子だ」
勢いよく寝間着の襟を掴み引き寄せられたと思ったら唇に暖かな感触が触れた。口づけられたと気が付くのに多少の時間がかかりいいように口づけを許してしまっていた。抗議をしようと口を開くと今度は舌を侵入され、口内をいいように侵される。思わず万斉に縋り付いてしまい、頭がくらくらとしてきた頃ようやく解放された。それでは当日楽しみにしているでござると残し、爽やかな笑顔で河上は去って行った。

こんな好き勝手な事をされ、唇までも奪われてしまったというのに嫌な気が全くしない。むしろ胸が高鳴っている自分が怖い。さて、どうしようか。ま、くよくよ考えても仕方がない。もう寝てしまおう。嫌な事は寝て忘れるに限るのだ。本当に忘れられるかはともかくとして。今度こそ深いに眠りに落ちていく山崎だった。

今日、俺はテロリストに敗北してしいました。
数日後のパーティーが楽しみだなんてのは河上には絶対に内緒だ。