ダイヤモンドラプソディ 3
■5月20日の旅路にて
気が付くとそこは列車の中だった。視界がやけに明るくサングラスをしていない。愛用の仕込み刀入りの三味線も、ヘッドホーンも無い。これはいったい拙者どうしちゃったでござるか!?と隣を見れば見知らぬ女性が座っているではないか。ますます訳が分からない。困惑しているとその女性が話しかけてきた。
「突然掻っ攫われて、見知らぬ場所で目が覚める気分ってどうよ?」
「そ、その声は退か!?」
「だから呼び捨てんじゃねぇって何度言えば分るの?やっぱりアンタばかなの?」
「あれは、夢ではなかったのだな。それに拙者ばかじゃないでござる。幹部でござるもん」
「やっぱバカだ・・・。なんでこんなの連れてきちゃったんだろ俺」
「なんでとはこちらのセリフだ。何ゆえ女装などしてるのでござる。それにこれはいったい・・・」
ギロリと睨まれ、はぁ〜とため息をつかれる始末。
おもむろに懐からチケットを取り出しヒラヒラと見せられる。
「副長から寄越されたんだよ」
手に取りよくチケットを見る。
「こ、これは」
「そういう反応すると思った。だからね、アンタの事、有無を言わせず掻っ攫て来たの。いっつも俺ばっかり攫われてるから、たまにはねぇ」
仕返ししてやったんだぁと、ニシシと笑う。そういう所が可愛くて堪らない。
何故土方が?と問えば退殿は簡単に言うと二人でゆっくりして来いってさ、と説明してくれたのだが、根本的な理由がさっぱり分からなかった。やっぱり拙者ばかなんでござろうか。でも退殿を覗えばそっぽを向いているが、幾分頬や耳が赤くなっているようだ。
あの副長とのやり取りを万斉に知られては堪らない。さっさと話を逸らす。
「このチケットも副長が用意したもんだからさ、時間とかみんな知っててさぁ。俺の相手を一目見てやろうって沖田隊長はじめとする隊士が駅に潜んでて大変だったんだぞ」
「それで、その恰好なのか?とてもよく似合っているでござるが」
「はいはい。こんなの似合っても嬉しくないけどね。ほんとみんなの目をごまかすの大変だったんだから」
「よく、拙者を列車に乗せられたでござるな」
「う、うん。それは、まあ、監察のテクニックというか、いろいろとある訳よ」
間違っても荷物同然に袋に詰め込んで運んで来たとは本人に言ってはならない。
「そういうもんでござるか?まあ、いい。先程からの話の流からすると退殿がその、拙者と深い仲だと皆知っているのか?」
「さすがに相手が万斉だとは思っても無いと思うけど、こんなモノ人に付けておいてよく言うよ」
と薬指に光るシルバーリングを見せる。これのおかげでもう、最悪だとぶつぶつ言っているがまんざらでもなさそうな様子だった。
「それに覚えていてくれたのだな。拙者の誕生日」
「まあ、ね。一応、おめでとうと言っておく」
そういうと退殿はふいと外を向いてしまって流れる景色に目をやってしまう。
「ありがとう」
こちらからは殆ど顔を見る事はかなわないが、少し覗いた耳が徐々に赤くなっていくのを拙者は見逃さなかった。可愛いでござる!
数時間の列車の旅も終わり、今は歩いて目的地に向かっている。それは海が見える小高い丘の上にあった。漸く辿り着くころにはもう陽はだいぶ西に傾き目の前の白い建物を赤く照らしている。
そこは観光雑誌にも必ず取り上げられる教会だった。ここを訪れた恋人達は必ず結ばれ、永遠の祝福が授けられるという。恋する乙女達にとってそれはそれは有名な教会だった。
山崎はこの時間ならもう人も疎らだろうと踏んでいた。それにどうしてもこの時間にここに来たい理由があった。
万斉もこの教会の事は知っていたのだろう。完全に固まってる。そんな万斉の手を取り、「ほら、こっち」と教会の中へ入る。扉を開けると目の前には天井から床近くまでステンドグラスの聖母マリア。さまざまな色のガラスが夕陽を通して幻想的な空間を作り出していた。他の観光客ももう居ないようだ。そこは2人だけの空間となった。
「なんとも、神秘的でござるな」
「ああ、そうだな。それに、この夕陽の中は俺と万斉の出会いの瞬間だよ。どんな形であったにせよ、あの出会いがあったからこそ今の俺たちがいるんだ。だからね、今この夕陽の中で、俺に『永遠』を誓わせてくれないか?」
万斉の目が驚きでこれ以上ないくらい見開かれる。
「さ、退殿!そ、それはプロポーズでござるか!?しかも拙者の誕生日に!」
「何言ってんだ、先にプロポーズしてきたのはお前だろ。強制的にこんなリング付けさせておいて今更だろが。だからこれが俺の返事」
ぎゅっと万斉に抱きしめられた。
「拙者も共に永遠を誓おう」
まさかここで断られるとは思っていなかったが安心した。そして抱き合ったまま二人で『永遠』を誓い合った。
しばらくそのまま抱き合っていた2人だったが、「あっ」と山崎が離れる。
「いかがした?」
「誕生日プレゼント」
そういって、小さな包みを渡す。
「見てもいいか?」
「どうぞ」
中から出てきたのは二つを合わせると満月になるペアのストラップだった。そこにはダイヤモンドが散りばめられ、キラキラと輝いていた。
「お前が先に指輪とか寄越しちゃうから、俺の立つ瀬がないだろ?だからせめてダイヤぐらい贈らせろよな。といっても俺の給料じゃ限度があるけどね」
「いや、男前でござる退殿。しかし立つ瀬がないとはどういう事でござるか?こういう物は男から贈るが定石でござろう」
「一応俺も男だって忘れてない?てか、そうじゃなくて俺のが年上なんだから少しは立ててくれんかな」
「は!?退殿が年上?」
「そうだよ?俺、近藤さんより結構上だもん」
こうしてこの関係の主導権は、あっさり山崎に持って行かれることになる。
「永遠を誓ったとはいえ、拙者、退殿ともう一時でも離れるのは嫌でござる」
「・・・実は俺もそう思ってた」
そして2人は目を合わせてニィと笑う。こんな場所を選んだ土方が悪いのだ。
数日後真選組の土方の元に1枚のハガキが届く
――― 俺たち、結婚しました ―――
そこにはツンツン頭にヘッドフォンとサングラスの鬼兵隊河上万斉と幸せそうに笑う山崎退の写真が写っていた。
「山崎ぃぃぃいいいい―――」屯所中に土方の地を這うような声が響き渡る。真選組に衝撃が走るのも時間の問題だろう。
空は夕陽に染まり、その中を一艘の船がゆっくりと西に向かう。その船上で寄り添う2人を夕陽がいつまでも照らしていた。