ハッピーハロウィン 4


船内はどこかウキウキした雰囲気が漂っていた。山崎は河上に案内されながら船の中をしっかりと見学させて貰っていた。鬼兵隊の隊士の皆さんはいろんな仮装をしていたが、また子以外の幹部は仮装なんてしていなかった。
『やっぱりね。あの高杉が何かの仮装を喜んでしている姿なんて想像できない。てか、してたらなんか嫌だ。』

幹部の皆さんに紹介するというので、その前にコートを脱いで、頭に大きな三角帽子を被る。ここでやはりというべきか、河上の目は山崎に釘づけになる。
袖のない黒いワンピース。スカートはミニのフレアーだった。胸元はすこし開いていて金色の紐で編み上げてある。
ウエスト部分はきゅっと締まっていてリボンが結ばれている。裾だってレースがあしらってあり、動くたびにヒラヒラと揺れる。足には黒いオーバーニーブーツを履いていた。

「1回、このブーツ履いてみたかったんだよねぇ。どお?俺の魔女姿、お気に召しましたか?」
なんて小首を傾げられたら。絶対領域から目が離せない。
「か、可愛いでござる!!!」
「そう?ありがとう。監察筆頭の技術を駆使させていただきましたー」
俺が本気を出せばこんなもんでしょ。えへへ〜なんて笑う。殺人的に可愛い。仕事では本気を出していないらしいが、今後も出さないでもらいと切実に思った。

「晋助、紹介しよう。拙者の可愛い恋人でござる」
高杉は食い入るように山崎を見る。なんか凄く嫌な予感しかしない。
「ほぉう。狗がずいぶん巧く化けたじゃねぇか。」
やっぱりばれてんじゃん、と山崎は思う。高杉の言葉で他の幹部たちの視線が鋭くなる。負けんな自分と引き攣りそうになる顔を無理やりにこにこと笑わせる。
「いったい何しに来たのかねェ」
笑顔のまま答えてやった。
「もちろん潜入捜査です」
また子が「何者っスか」と拳銃を構え、以蔵に武市は刀に手をかけ殺気立つ。これにはさすがに万斉も慌てた。いくらなんでもそんな答えは無いだろう。場合によっては即、殺されかねない。
そんな中、冷たい視線の高杉と笑顔のままの山崎はお互いに視線をそらす事なく静かな戦いを繰り広げている。

重苦しい空気を先に破ったのは高杉だった。
「ククククク、お前ぇ面白い奴だな。気に入った。ここに居るのを認めてやる」
「それは、ありがとうございます」
高杉の言葉に皆武器を降ろし殺気を収める。次いで「自己紹介しろよ」と可笑しそうに促された。嘘を言っても仕方ないのでこの際ちゃんと名乗っておく事にする。
「山崎退。真選組の監察です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてみた。挨拶は大事だ。


「退殿、先程の挨拶は無いでござるよ。拙者肝が冷えたでござる」
「そう?高杉さんにはばれてたみたいだし今更でしょ」
今は皆から少し離れて万斉と2人きりで甲板で風にあたっている所だ。
「それにしても退殿は豪胆というか、無謀というか。それに用意周到な所もあったのだな」
ハロウィンですので良かったら貰って下さいと菓子を配ったのだった。また子なんかはこれには気を良くしたようで、既に2人は「また子ちゃん」、「退」と呼び合う仲になっていた。
「お呼ばれだからね、基本中の基本だよ」
どこまでも計算高い山崎だった。


一方鬼兵隊の面々といえば
「退は可愛いいんっスけど、まさか万斉先輩の恋人が男だったとは吃驚っス。やっぱり変態だったっス」
「ほんとうに驚きました。たしかに可愛いらしいです。もう少しお若ければ良かったんですけど」
「うわ、こっちもキモいっス。晋助様の側に寄らないで欲しいっス。晋助様が穢れるッス」

高杉は紫煙を燻らせそんなやり取りを見ていた。するとそこへ万斉が現れた。
「晋助、聞いてほしいでござる」
「あァ?」
「退どのがいたずらさせてくれないでござる!」
「・・・」
「ハロウィンにかこつけようかと思ってトリック・オア・トリートを事あるごとに言ってみてるんでござるが、その度に何処からともなく菓子が出てくるんでござるよー。どうしたら良いでござるかぁー」
何事かと思っていたらゲンナリだ。できれば関わりたくないと心底思う。
山崎を目で探せば鬼兵隊の隊士達の間に入り何やら楽しそうに話している。可愛らしい要素といえば紅一点のまた子と、例え中身が男でも魔女姿の山崎しか居ないのだから簡単に受け入れられているのだろう。隣では万斉がまだ何か言っている。
「万斉。こうしちゃどうだ?」
そうして高杉にとってはどうでもいい秘策を河上に授けるのだった。


「退どのー。トリック・オア・トリートでござる」
今日何度目か分からない呼びかけに「ハッピーハロウィン!」とまた菓子が出てくる。いったいどんな仕組みになっているのだろうか。
「ところで、退殿は拙者には聞いてくれないのでござるか?」
「ええっ、聞いてほしいの?」
「聞いてほしいでござる」
「ふーん。じゃあ万斉、トリック・オア・トリート」
万斉は満面の笑顔で答える
「ではトリックで!」
「やっぱりそう言うと思ったー」
山崎は声を上げて笑った。そのまま流されるか殴られるのではないかと思ったのだが意外な答えが返る。
「どんないたずらがご所望ですか?」
「では、拙者の部屋で・・・」
「仰せのままに」
「えっ、どうしたんでござるか?絶対に今日の退殿はおかしいでござる。何かあるのでござるか?」
「何も無いよ。全く、恋人が折角良いって言ってんの、変に勘ぐるなよ」
「こ、恋人でござるか!?」
「そ、そうだよ。・・・だからそういう事。今日、気合入れて来たって言ったじゃん。一応あんたの為にだからね!わかった?」
見れば山崎は真っ赤だ。本当に可愛らしい。もうその手を掴んで部屋に攫って行くしか無いだろう。

颯爽と消えていく2人を高杉はやれやれと見送った。
これでしばらくは万斉も大人しくなるだろ。煙管を手にゆっくりと紫煙を燻らせた。


翌日上機嫌の万斉が今まで以上にうざったく恋人自慢を始め、高杉を怒らせるのはまた別の話。