ハッピーハロウィン 3
さて、今日の準備は完璧だ。
攘夷浪士が良く出入りしており、不穏な噂がある店の情報が入ったのでと潜入の許可を副長に貰った。もちろん仮装が必要な店だと言ってある。多少荷物が沢山になっても不振がられることも無いだろう。これでいつもの非番の日のように理不尽なお使いごときで呼び出される事はなくなった。
殆ど非番を貰えんのだから、今日明日の2日ぐらいの事位、ばちは当たらんだろうと思っている。
山崎は基本真面目な男なのだが、これくらいの嘘は平気で吐けるくらいには強かさを持ち合わせていたりする。今まで誰にも見破られた事は無いので、その強かさも相当だろう。
これから鬼兵隊のパーティーに行くのだ。いちいち下らない電話で呼び出されてはたまったもんじゃないし、それに呼び出されても困る。船に乗ったらまた港に着くまで船を降りるなんてできないからね。準備は綿密に行わなければ。
実際、敵のアジトとされる場所に行くのだ。あながち嘘でもない。もしも拾える情報があればもちろん拾うつもりでいるのだから、己の士道にも背かんのだ。
門番の隊士に「行ってらっしゃい」と送り出され、山崎は堂々と屯所の門を出て足取りも軽く指定の場所へと向かった。
万斉は港から少し離れた場所でそわそわと山崎を待っていた。来るとは言っていたが、先日の帰り際に山崎にしてしまった行為を考えると機嫌を損ねてしまったのではないかと心配で仕方なかったのである。
『そろそろ約束の時間なのでござるが・・・』
辺りを見渡せも山崎らしい人物が見当たらないのだ。やはり来ぬかと肩を落とし項垂れていると、万斉に向かって心地いい響きが流れてきた。このリズムはもしや!と辺りを見渡すも山崎の姿は見当たらずキョロキョロするばかり。すると、数メートル先にた若い女がくすくすと笑いながら近づいてくる。
「万斉、俺だよ、俺」
「さ、退殿でござるか?!」
目の前に現れた山崎は何処から見ても女性にしか見えない。髪は軽くアップしアレンジして纏めてある。顔も化粧が施され、綺麗なのだが美人というよりは可愛い顔立ちになっている。なによりもぷっくりとした唇に引かれている落ち着いた色合いの紅がなんとも艶やかだった。ごくりと唾を飲みこんでしまう程に。そんな河上を見て山崎はまたも笑う。
「俺の顔見ただけでそんな反応?さすが変態だなお前」
でもまんざらでもない表情だ。
「そんなんで俺の魔女姿見て大丈夫?凄い気合入れて来たんだけど」
山崎は軽めの黒いコートを着ていた。ここでコートも脱いで見せようか?と聞かれたが己の理性と相談し遠慮した。
「いや、まだ外は冷える故、そのままで。僭越ながら拙者が船まで案内進ぜよう」
と、うやうやしく手を差し出す。どうせそのままスルーされると思っていた河上は予想を反した山崎の行動に暫し固まる。
「どうかした?」
「・・・いや」
差し出した手を取るどころか、その腕に自分の腕を絡め抱き着いてきた。どこか勝ち誇ったような笑顔付きだったのでなにか釈然としないが、実際は嬉しい。
何処から見ても恋人同士に見えるだろう。これが演技なのかそうでないのか判断が難しい。できれば演技でないと願いたい。二人より添いながら船へと向かう。
「ところで退殿。誘っておきながらあれなのだが、よく休みが取れたでござるな」
「あ〜あ。今日俺非番じゃないから」
「は?」
「副長には潜入捜査だって言ってあるから。だから変に呼び出される事もないし、安心してよ」
「嘘を吐いてきたのでござるか?」
「何それ、人を悪人みたいに言わないでよ。だって潜入捜査に嘘はない。だってここ敵のアジトだもん」
「・・・そうで、ござる、な」
山崎が少し悪い笑顔で言ってのけるのを、拙者少々この者を見くびっていたやもしれぬと思う河上だった。
「幻滅した?」
「いや、惚れ直したでござるよ」
「それはどうもありがとう」
今日の退殿は絶対におかしい。今日、拙者死ぬのだろうか?なんてちょっとだけ怖くなってしまった。