たまにはこんなクリスマスも 



 

監察山崎さんは見た目通りの人ではない。隊士の中で暗黙の事実として語られるものなのだが実際の所その実を知る人間は少ない。

だが、監察方の隊士においては身を以て理解している事実だったりする。彼が纏めるこの監察方の中でその筆頭に逆らおうという勇者は存在しない。

 

そんな監察方の新入りが秘密裏に筆頭に呼び出された。自分は何かやらかしたのだろうか。これから見回りの予定なのだがどうしようと、胃に痛みを覚えつつ監察室へと向かう。そして筆頭からかけられた言葉に青くなる。

「やあ、おつかれ。ちょっとそこに座って。この前出してもらった報告書なんだけど、偽情報掴まされちゃってる感じなんだよねぇ。ちゃんと裏とった?はあ?俺たちが確かな情報を持ってこないと隊の皆が危険な目に会うって分かって言ってる?そう。まあお前も新人だから今回は仕方なしとしようか。今日はこの後夕方から夜中まで見回りだったよね?それ俺と代わって。その間にもう一回調べておいで。」

わかりました。必ず調べてきますと、ますます青くなる新人隊士にふっと口元だけで笑って恐ろしい事を言う。

「ただし、誰にも言っちゃダメだよ?そんで明日の朝まで屯所に戻ってきちゃダメだからね。誰にも見つからないようにやってね?任務に失敗したなんて他の隊士にバレたら監察として信用無くなるからね!?ま、隠密の練習だとでも思って頑張って。わかった?」

筆頭の恐ろしさを知る新人隊士はコクコクと頷く他なかったのである。

そうして山崎は見回りへと出かけて行った。

 

 

今日は街中が賑わうクリスマス。真選組にクリスマスや年末年始のいろいろは全く無縁のイベントだ。はっきり言うならそんなイベントなくなれば良い。街はやたら人出が多くなり、夜にもなれば酔っ払いが徘徊しだし、些細な事で喧嘩が勃発する。対テロリストの真選組なのにこの時期ともなれば街の警備に駆り出される為、師走ともなればもう休みなんて誰にもない程の忙しさだったりするのだ。ほんとにイベントなくなって欲しい。真選組隊士ならば一度は思い浮かべる夢だろう。

 

その真選組隊士である山崎退も毎年そんな事を思っている一人だ。

今日も今日とて副長から殺人的な量の書類仕事を押し付けられていた。いや、押し付けられたというには語弊があるかもしれない。普段潜入などが多くてなかなかできない報告書の纏めだったり、部下から上がってきた書類の確認だったりという山崎がやるべき仕事だからだ。師走は何かと忙しく、ついつい事務仕事を後回しにしてしまったが為に月末が迫り、どうしても逃げられなくなってしまったという訳だった。因果応報というものだ。

 

朝から半ば泣きそうになりながら書類と戦っていた山崎の元に招かれざる客がやって来た。

その客は、つんつん頭にサングラス、ヘッドホーンに背負い三味線の男。河上万斉。一応山崎の恋人だったりする。だが、真選組の大敵、鬼兵隊に属するテロリストだ。

「退殿ォ。迎えにきたでござる」

「え、意味わかんない」

「この前みたく潜入捜査って事で抜け出すのは・・・」

「この時期に潜入捜査なんてねぇよっ!」

この前のハロウィンで鬼兵隊の面々と仲良くなって以来やたらとこの男が迎えに来ることが度々。だがしかし、ここは真選組屯所。更に言えば監察筆頭の仕事部屋。

「だいだい何だってテロリストが屯所にのこのこやってくるんだよ!」

「のこのこではござらん。拙者は退殿に会いたいが一心で『け・な・げ・に』やって来るのでござる」

「じゃあ大人しく捕まってくれよ。そしたら取調室でずーと会ってやるからさぁ!」

「・・・主、ずいぶんと荒んでいるようだが、如何した?」

「仕事が終んねーんだよっ!只でさえ年末年始は特別警戒態勢で挑んでんだよ、超忙しいんだよ、休みだってずっとねぇんだよっ」

一気に捲し立て肩でゼエゼエと息をして、溜まりに溜まった書類仕事を指さす。

「あんなに書類が溜まってて、もう期日が迫っててヤバイんだって」

「あんなに溜めたのか?・・・自業自得と「今すぐ帰れ、てか逮捕する!」いえ、何でもござらん!」

「それにしても凄い量でござるな。これを全て終らせるのか?」

言いながら手直にあった書類に目を通す。

「あんた何勝手に書類読んでんの。これ、仮にも敵方が見ていいモンじゃないでしょうが!」

凄い勢いで書類を奪われた。

「時にちょっと聞きたいのでござるが、その書類に書かれている情報が間違っていたらどうなるでござるか?」

部下から上がってきた報告書を指さして河上が真面目な様子で聞くので、一応有りえるだろうと思われる事態を答えた。

「多分副長におもいっきりボコられたあげく、正月休みも返上で調べ直しとかだと思う」

「なに!?休みが無くなるのでござるか?それはダメでござる。新年は鬼兵隊そろって退殿がやってくるのを楽しみにしているんでござるからして。ちょっと鬼兵隊周辺の情報だけでいいから拙者に見せるでござる」

さあ、と手を出す河上に「俺行く事決定なのね」と項垂れる山崎だった。

 

「でも何だってあんたに見せなきゃならんのだ」

「それは、その情報は多分というか間違いなく偽情報だからでござるよ」

「なんでそんな事わかんだよ」

「それは、その、拙者が偽情報を流しているからというか、情報攪乱も拙者の仕事でござる故・・・すまぬな」

情報を探り出す男とそれをさせんと攪乱する男。水と油だ。山崎は悲しそうに項垂れる。

「やっぱりあんたとは無理なんだ・・・」

「そんな事はござらん!差支えない範囲で拙者も仕事手伝うから、そんな事いうなでござる!」

それを聞いてにたりと山崎は嗤った。言質はとった。こっちだって監察のプロ。心理戦だって負けないのさ。

 

万斉を下僕のようにこき使い、無難な仕事を手伝わせた事も功を奏し驚くほど速く仕事が片付いた。実は真面目にやれば山崎だってまともに仕事をやれるのだ。ただ一人でやると滅入って嫌になるだけで。

 

う〜んと、伸びをして万斉を見やる。ちょっと疲れてるっぽいけどまあいいか。

「万斉、今日はまだこの後、時間あるんでしょ?」

「ああ明朝までは。だが退は忙しいのではなかったか?」

「うん忙しいよ?だからね、まだ仕事手伝って貰おうと思って。」

「まだ、手伝うのか?」

「そう、明朝までね。たまにはいいでしょ。万斉が真選組に潜入してもさ」

楽しい悪戯を思いついたというような笑顔でそんな事を言う。どこから用意してきたのか山崎の手には真選組隊士、それも幹部の隊服が用意されている。

「俺もちょっと部下に話があるから、その間にそれに着替えておいてね」

「これは、誰のでござるか?」

「うん?それ聞いちゃう?」

「いや、やめておこう」

十中八九あの男の物なのだろうから。それでも仕方なく着替え始めるのを確認すると山崎は部屋を出て行った。

 

こういう経緯があって監察方の新人は筆頭に呼び出されお小言と見回りの交代を言いつかり、監察筆頭は隊士に変装させた恋人を連れて夕闇せまる街へと見回りに出かける事ができたのだった。

 

見回りにでた山崎は無難な見回りコースを回る。副長や隊長に会ったりしないコースだ。後々めんどくさい事にならないように。

今日はクリスマス。街はどこもかしこも色づいてどこか浮ついている。街行く人々も浮ついているように思う。そして、自分も浮ついていると思う。だって恋人と街を堂々とあるけるのだ。お互いの立場を考えれば人目のあるところを二人でなんて歩けないのだから、顔がちょっとにやけてしまっても仕方ない事なのだ。

 

見回りながらちょっとした揉め事を解決し、道を尋ねられ教えれば感謝され、夕食時には一緒に夕食を食べた。夜ともなれば道端で上司の愚痴を言いながら座り込んで動かいない困った酔っ払いの介抱をしたり。この時ばかりは上司には些か思うところがある者同士、ついつい優しくしてしまった二人だった。

 

「はあ、今日はお疲れ様。万斉も疲れたでしょ?」

「朝までにはまだ時間があると思うのだが」

「ごめんね、本当は見回りなんかしなくても良かったんだけど、・・・俺が、俺が万斉と一緒に居たかったんだ」

だってクリスマスだったしと最後は消え入りそうな声で言う山崎は耳まで真っ赤になっていた。

「・・・退」

「お、俺はね、今日はとっても楽しかったんだ。一緒に街をあるいて、一緒に食事して。迷惑だったかな?」

「何をいう。拙者もとても楽しかったでござるよ。退殿の日常を一緒に体験できた。とても幸せでござるよ」

「幸せって・・・」

更に顔を真っ赤にして俯いてしまった。

何だろうこの可愛い生き物は。ああ、このまま抱きしめてしまいたい。真選組の隊服さえ着ていなければと思う万斉だった。このままでは己の理性が持たない。

「そろそろ屯所にもどろう」

「うん、そうだね」

二人並んで屯所へと向かう。

「特別なクリスマスデートでござったな」

「でも、隊服は失敗だったね」

「え、それは・・・」

「さあ?」

 

 

まあ、たまにはこんなクリスマスも。